※本ツアーは開催前です。

橿原市観光PRキャラクターのさららちゃんと「日本国はじまりの地 橿原」を巡るツアーです。指定したスポット12ヶ所のうちいずれか6ヶ所を回り、スタンプを6個集めていただいた方には橿原市限定オリジナルトートバッグをプレゼント!!(先着170名限定)指定のスポットを巡りながら、日本国はじまりの地をぜひ体感してください。
ツアーの参加にはアプリが必要です。アプリをインストールしてツアーコード「94885」で検索してください。
アプリを利用すると、デジタルスタンプラリーやフォトブックなどが楽しめます。事故やケガに備えて100円で最大1億円の保険も加入できます。
八木札の辻交流館
奈良県橿原市

八木札の辻交流館は古代大和の主要道路「下ツ道(しもつみち)」と「横大路(よこおおじ)」との交差点である江戸時代の旅籠(はたご)の風情(ふぜい)を残している建物です。江戸時代中期以降「八木の札の辻」界隈は、伊勢参りや大峯への参詣巡礼などで、特に賑わっていたと推測されています。
今井まちなみ交流センター「華甍」
奈良県橿原市

今井まちなみ交流センター「華甍」(はないらか)は、今井町の南東に位置する建物で、奈良県の指定文化財となっています。明治36年(1903)高市郡教育博物館として建設され、昭和4年からは今井町役場として使用されていました。
現在は、今井町の歴史を詳しく、分かりやすく解説する資料を一堂に集めた資料館として開館しています。また、町内の各施設を案内するパンフレットや、飲食店を紹介するチラシなどを配布しており、散策に役立つ情報をご案内しています。
畝傍山
奈良県橿原市

畝傍山(うねびやま)は、平成17年に名勝指定された大和三山(やまとさんざん)と呼ばれる香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)のうちの1つです。
標高199.2メートル。大和三山では一番高い山です。橿原市の中心部に位置します。周囲には、橿原神宮や神武天皇陵など名所旧跡が点在しています。
瀬戸内火山帯に属する死火山で、噴火時は今よりも2倍以上大きかったそうです。それが長い年月をかけて侵食され、現在のような形になりました。
地質は、花崗岩質の丘陵がのびてきた上に火山が噴出したもので、中腹以上は黒雲母安山岩からなります。
畝傍山という名前は、田の畝のようにくねくねした尾根を多く持つところからつけられたそうです。
橿原神宮
奈良県橿原市

日本最古の正史ともされる『日本書紀』において、日本建国の地と記された橿原。天照大神〈あまてらすおおみかみ〉の子孫である神日本磐余彦火火出見天皇〈かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと/※後の神武天皇〉が、豊かで平和な国づくりをめざして、九州高千穂の宮から東に向かい、想像を絶する苦難を乗り越え、畝傍山〈うねびやま〉東南の麓に橿原宮を創建されました。
第一代天皇として即位されたのが紀元元年、今からおよそ2,680余年前のことです。
日本の歴史と文化の発祥の地でもある橿原は、日本の原点ともいえるでしょう。
(写真提供/橿原神宮)
※スタンプは「外拝殿」付近で獲得できます。
本薬師寺跡
奈良県橿原市

現在奈良市の西の京にある薬師寺(やくしじ)の前身にあたる寺です。天武(てんむ)天皇が後の持統(じとう)天皇である皇后の病気平癒のため祈願して、天武9年(680年)に薬師如来を本尊とする寺の建立に着手。完成しないうちに天武天皇が崩御したので、持統天皇がその遺志を継いで完成させました。
当時は、金堂や東西に二つの塔がありました。平城遷都に伴って寺は伽藍ともども西の京へ移築されたと言われていましたが、別々に造られたという説が有力です。それ以来、この寺は本薬師寺(もとやくしじ)と呼ばれるようになりました。
※スタンプは「本薬師寺跡」付近で獲得できます。
益田岩船
奈良県橿原市

大きさは東西約11メートル、南北約8メートル、高さ約4.7メートル。重さは約800トンもあるという説もあり、上部には一辺約1.6メートル、深さ約1.2メートルの穴が空けられています。誰が、何のために作ったのか、文献など残っておらず全くの不明です。
菖蒲池古墳
奈良県橿原市

菖蒲池古墳(しょうぶいけこふん)は橿原市の南東部、明日香村との境界線付近に位置しています。横穴式石室を埋葬施設としており、石室部分が国の史跡に指定されています。玄室内は柵越しではありますが、現地で見ることが可能です。
墳丘の形状はこれまで不明とされていましたが、2010年(平成22年)に行った発掘調査によって一辺約30メートル、二段築盛の方墳であることが明らかになりました。
両袖式の石室であることが判明していますが、羨道の大半が土に埋もれた状態であるため、石室の全長は不明です。玄室の下半部も土に埋もれていますが、奥壁および側壁は花崗岩の巨石を二段に積みあげていると考えられます。石室は玄室がやや長いものの、近鉄飛鳥駅そばにある岩屋山古墳(いわややまこふん)と似ていることが指摘されています。
玄室内には2基の家形石棺が、石室主軸にあわせて縦一列に安置されています。2基の石棺は屋根部分の形状が極めて特徴的で、いずれも天井部分が棟飾り風に仕上げられています。石棺の内側には漆が塗られています。このような石棺は他に例がありません。2基は同じ形状をもつことから、同一の工人によって作られたと考えられます。また、築造当初からふたつの棺を並べて安置する計画があったものと推察されます。
耳成山
奈良県橿原市

平成17年に名勝指定された大和三山(やまとさんざん)と呼ばれる香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)のうちの1つです。
標高139.7メートル。火山の噴火で生まれた独立峰で、瀬戸内火山帯に属しています。
万葉集では、「耳梨山」と書かれていました。風変わりな名前ですが、山の形からすると「耳無し」で、山裾のない、真ん丸い山ということになります。実際は、どの方向から見てもきれいな円錐形で耳成(余分なところがまったくない)というネーミングがぴったりのような感じがします。中腹に耳成山口神社があり、南麓に桜の美しい耳成山公園があります。
藤原宮跡
奈良県橿原市

藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)は、藤原京の中心施設である藤原宮のあったところです。藤原宮は一辺約1キロメートルの中に、大極殿や朝堂院といった国をあげての儀式や政治を行う施設や天皇の住まいである内裏などがあり、現在の皇居と国会議事堂、霞ヶ関の官庁街を合わせた性格を持っていました。藤原京は16年間の都でしたが、藤原宮の構造はその後の都にも引き継がれていきます。
藤原宮跡では、季節ごとに美しい花が植えられ、菜の花やコスモス、キバナコスモス、ハスなど色とりどりの大地のカーペットを楽しむことができます。また、藤原宮跡は大和三山の絶好の眺望スポットとなっています。藤原宮跡から見る朝陽・夕陽は息をのむほどの秀景です。平成23年6月には、藤原宮跡からの大和三山の稜線の眺めが、「重要眺望景観」に指定されました。
※スタンプは「藤原宮大極殿院南門跡」付近で獲得できます。
香具山
奈良県橿原市

平成17年に名勝指定された大和三山(やまとさんざん)と呼ばれる香具山(かぐやま)・畝傍山(うねびやま)・耳成山(みみなしやま)のうちの1つです。
標高152.4メートル。万葉集では「天香具山」(あまのかぐやま)と詠われて、山というよりは丘の印象が強い南から続く竜門山地の先端部分に連なる山です。
山塊は、閃緑岩や斑レイ岩などの堅い岩石で構成されているため浸食の度合いが低かったようです。
大和三山の中で、最も神聖視されています。「天の」を冠するのは、天から降り来た山と言われていますが、その山の位置や山容が古代神事にふさわしいゆえに、あがめられたものだとも思われています。
おふさ観音
奈良県橿原市

数千種のバラをはじめ、四季折々のお花が楽しめる、おふさ観音。「美しいお花たちによって、訪れる方々の心を少しでも安らげたい」という思いでたくさんのお花を育てております。お花でいっぱいの美しい境内は、調和のとれた仏様の世界のようであることから、「花まんだらのお寺」とも呼ばれています。おふさ観音では、大切にしていることが2つあります。ひとつは、庶民のお寺として、身近な存在であること。そして何よりも、「元気が出るお寺」であることです。お寺にお越しいただく皆さまに笑顔の花が咲くことを心より願っております。
大官大寺跡
奈良県高市郡

大官大寺は、飛鳥・藤原地域で最大の古代寺院で、現在は香具山南麓の水田に碑が立つのみです。舒明天皇の百済大寺を天武天皇が移築・改称したとされますが、出土遺物からは文武天皇期に主要伽藍が造営されたと見られます。伽藍は中門・金堂・講堂が南北に並び、金堂南東に塔を配置。寺域は東西205m、南北354mに及び、塔は九重塔級の規模でした。711年に火災で焼失し、発掘では焼け落ちた垂木が地中に刺さっていた跡も確認されています。

