【大和川サイクル月間】思いを馳せる~歴史コースver.2~

大阪府

【大和川サイクル月間】思いを馳せる~歴史コースver.2~のイメージ

古くより阪奈間の往来を支えた大和川沿いには神社仏閣や2019年に世界遺産に登録された古墳等が点在しています。それらの遺産を自転車に乗って線的に巡ることで当時の情景に思いを馳せてみませんか?

~大和川サイクル月間とは~
10/12(土)~12/1(日)の期間、大和川周遊サイクルスタンプラリー2024や各地で魅力的なイベントを開催します。ご家族等と地域の自然や街並みをご堪能ください。

~サイクルスタンプラリー~
全14コース!それぞれテーマを設けていますので、お好きなコースにご参加ください
※コース名や画像に記載している「大和川サイクル月間」が目印です。
※自転車運転中のながらスマホは罰則の対象です。(R6年11月道路交通法改正)
必ず立ち止まってご利用ください。

素敵な景品があたるかも…?詳細はHPをご覧ください。
応募フォームはこちら:https://forms.gle/pBhrrBqb6d1oZb1d7

~協賛企業等~
株式会社青木松風庵、株式会社あさひ、大阪市立クラフトパーク、株式会社オージーケーカブト、株式会社キャットアイ、近畿日本鉄道株式会社、サカイサイクル株式会社、四国開発フェリー株式会社、株式会社シマノ、シマノスクエア、株式会社東横イン、農業公園信貴山のどか村、株式会社福井商会、松原市観光協会、八尾河内音頭まつり振興会、和CAFE布穀薗(五十音順)

ツアーの参加にはアプリが必要です。アプリをインストールしてツアーコード「45735」で検索してください。
アプリを利用すると、デジタルスタンプラリーやフォトブックなどが楽しめます。事故やケガに備えて100円で最大1億円の保険も加入できます。

旧堺燈台

大阪府堺市

旧堺燈台のイメージ

南海本線堺駅の西約1キロメートル、堺旧港の突端に位置する堺燈台は、明治10(1877)年に建築された建物です。現地に現存する洋式木材燈台としては、わが国で最も古いものの一つとして、昭和47年に国の史跡に指定されています。

龍田大社

奈良県生駒郡

龍田大社のイメージ

古来、龍田大社は歴代の朝廷からも深く信仰された由緒ある神社で、天御柱大神(志那都比古神)と国御柱大神(志那都比売神)をおまつりしています。
祭神は別名を龍田神・龍田風神ともいい、社伝によると、崇神天皇の御代に凶作が続いたとき、夢でこの風神のお告げをうけて創建されたということです。
延喜の制では名神大社に列し、古くから五穀豊穣・航海安全に霊験ありとして崇敬を集めています。旧社格は最高の官幣大社。
今も毎年行われる風鎮祭は、天武天皇(675年)に始まると伝えられる由緒を持っています。

亀の瀬地すべり歴史資料室

大阪府柏原市

亀の瀬地すべり歴史資料室のイメージ

亀の瀬地すべりの歴史、地すべりのメカニズム、地すべり対策工事の内容などをパネルや模型で紹介しています。また、昭和7年(1932年)の地すべりにおいて圧壊したと思われていた旧大阪鉄道亀瀬隧道(レンガ造りの鉄道トンネル)も見学することができます。

郡山城跡

奈良県大和郡山市

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郡山城は筒井順慶の築城(1580年)に始まる大和でもっとも大規模な城郭で、近世期には、豊臣家、水野家、松平家、本多家、柳澤家の居城となりました。
城郭は徐々に整備されましたが、早くも豊臣秀長の時代にほぼ完成し、増田長盛(ましたながもり)の外堀普請(ふしん)によって城郭の規模が定まったとされています。
現在、天守は残っていませんが、城郭中心部は奈良県の史跡に指定され、内堀や石垣が良好に残っています。近年、追手門・追手向櫓・東隅櫓などの門や櫓(やぐら)が復元され、往時の威容をしのぶことができるようになりました。一帯は「郡山城跡公園」として公園化されており、散策道も整備されています。2017年には「続日本100名城」(財団法人日本城郭協会選定)のひとつに選ばれました。
また、古くから桜の名所としても知られ、春になると城跡一帯が桜の花で包まれ、この時期に開催される「お城まつり」にはたくさんの人で賑わいます。1990年には「日本さくら名所100選」(公益財団法人日本さくらの会選定)のひとつに選ばれました。さらに、2022年11月10日には、長年の悲願であった国の史跡に指定されました。

史跡由義寺跡

大阪府八尾市

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由義寺は、奈良時代の終わりに活躍した僧・道鏡の故郷である弓削の地に、称徳天皇が建立を進めたと伝わっています。国の指定史跡です。

百済寺 三重塔

奈良県北葛城郡広陵町

百済寺 三重塔のイメージ

鎌倉時代に建築された寺院で、「日本書紀」舒明天皇十一年(639)七月の条に「詔して曰く、今年大宮及大寺を作らむ。百済川の側を以て宮処と為す。是を以て、西の民は宮を造り、東の民は寺を作る。即ち書直県(ふみのあたいのあがた)を以て大匠(おおたくみ)と為す。」とある百済大寺の伝承地です。三重塔は創建時の九重塔の名残とされています。大織冠と呼ばれる本堂は、談山神社の本殿を移築したもので、毘沙門天像、菩薩立像をまつられています。弘法大師が掘ったと伝えられる梵字池が境内に残っています。

巣山古墳

奈良県北葛城郡広陵町

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馬見丘陵の中央部に位置する北向きの大型前方後円墳で、墳丘全長約220m、後円部径約130m、高さ約19m、前方部約112m、高さ約16mの規模があり、左右のくびれ部に作り出しを設けられています。馬見古墳群中最大の規模を誇り、古墳時代中期初頭の王墓と考えられています。県営馬見丘陵公園、竹取公園より徒歩5分。

布忍神社

大阪府松原市

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素戔嗚尊(すさのおのみこと)などが祀られる。大阪府指定有形文化財に指定されている本殿は、江戸時代初期の一間社流造。狩野派の唐獅子絵もある。拝殿内の「布忍八景扁額」は松原市指定有形文化財。扁額にちなみ、文化に関わる著名人から奉納された絵馬が飾られる「EMA展」を開催することも。現代アーティストのイチハラヒロコとコラボした「恋みくじ」が人気。

信貴山朝護孫子寺

奈良県生駒郡平群町

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今から1400余年前、聖徳太子は物部守屋を討伐せんと河内稲村城へ向かう途中、この山に至った。
太子が戦勝の祈願をするや、天空遥かに毘沙門天王が出現され、必勝の秘法を授かった。
その日は奇しくも寅年、寅の日、寅の刻であった。
太子はその御加護で勝利し、自ら天王の御尊像を刻み伽藍を創設、信ずべし貴ぶべき山「信貴山」と名付けた。
以来、信貴山の毘沙門天王は寅に縁のある神として信仰されている。
また、醍醐天皇の御病気のため、勅命により命連上人が毘沙門天王に祈願をすると、たちまち天皇の病気は癒えたため、天皇、朝廟安穏、守護国土、子孫長久の祈願所として「朝護孫子寺」の称号を賜ることになった。

元山上千光寺

奈良県生駒郡平群町

元山上千光寺のイメージ

天武天皇の白鳳12年の創建といわれ、役行者(小角)の開基と伝えられている。
女性に開放され、女人山上とも呼ばれ、女性の修験者が多い。
境内には本堂(観音堂)、行者堂、大師堂、鐘楼の他、宝蔵、惣門等が存在する。
本堂の本尊は小角作と伝えられる十一面千手観音立像。
行者堂には町指定文化財の、役行者・前鬼・後鬼像等が祀られている。
境内の鐘楼にかかる鐘は、元仁2年(1225)の銘があり県の指定文化財。
その他、石製の宝塔や十三重塔があり、町指定文化財になっている。また、多くの行場が存在する。
若い頃に役行者が修行され、後に大峰山の行場を開いたことから「元山上」と呼ばれ、近鉄の駅名にもなっている。
様々な体験修行やユースホステルの運営なども行う。

久度神社

奈良県北葛城郡王寺町

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久度神社にお祀りされている「久度神」は「クド」という言葉からかまどの神様であるとされています。783年に久度神社を官社にするとの記事が続日本記に見えるので、古く奈良時代にまでさかのぼることが出来る神社です。

法輪寺

奈良県生駒郡斑鳩町

法輪寺のイメージ

推古30年(622年)、父聖徳太子の病気平癒を願った山背大兄王によって建立されたと伝えられ、地名にちなんで三井寺とも呼ばれています。法隆寺、法起寺とともに斑鳩三塔として美しさを称讃された三重塔は昭和19年(1944年)の落雷によって焼失しましたが、昭和50年(1975年)に昔ながらの工法を用いて復元されました。
拝観時間:3月~11月末日 8:00~17:00
     12月~2月末日 8:00~16:30

斑鳩神社

奈良県生駒郡斑鳩町

斑鳩神社のイメージ

法隆寺の別当である湛照僧都が、自身が菅原氏の子孫であるとして菅原道真を祀ったことに始まります。また、秋祭りでは法隆寺境内の御旅所まで神輿が渡御するなど、現在でも法隆寺と深い関係があります。

鉢伏山西峰古墳

大阪府羽曳野市

鉢伏山西峰古墳のイメージ

市域東方に位置する鉢伏山から西に大きく伸びる尾根上に立地。飛鳥時代に築かれた古墳で、精美な切石で造られた横口式石槨(よこぐちしきせきかく)を埋葬施設としている。飛鳥時代の貴人が葬られたものと言われている。西方の眼下には大阪平野が広がり、羽曳野市内に点在する応神天皇陵古墳をはじめとする世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」の古市エリアを一望することができる。

津堂城山古墳

大阪府藤井寺市

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藤井寺市の北西部津堂にある大型の前方後円墳です。城山という地名は中世の室町時代にこの古墳を城として再利用したことにちなんだものです。城山の前に津堂という地名を冠するのは城山と称する古墳が全国にいくつもあり、これらと区別するため津堂城山古墳と呼んでいるのです。現在は周濠部に花菖蒲園が整備され、開花期に「花しょうぶまつり」が開催されます。桜が満開になる季節は、菜の花や雪柳も咲き誇りまさに「春爛漫」で、素晴らしい情景です。ガイダンス棟「まほらしろやま」では、出土した埴輪や土岐のほか、長さ約3.5メートル、高さ約1.9メートルという巨大な長持形石棺のレプリカの展示も行っています。

ナガレ山古墳

奈良県北葛城郡

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前方部を南に向けた前方後円墳で、墳丘長105m、後円部直径64m、前方部幅70m、後円部高8.5m、前方部高6.2mを測ります。5世紀初頭の築造。東側くびれ部には2列の埴輪列で区画された通路状遺構が確認されており、現在のところ全国で唯一の例です。後円部の埋葬施設は不明ですが、盗掘の際に廃棄された土の状況から粘土槨と考えられます。前方部でも埋葬施設(粘土槨)が確認されています。出土遺物は円筒埴輪の他に、朝顔形埴輪、家形埴輪等の形象埴輪や供物を象った土製品、刀子形などの石製品、刀等の鉄製品、土師器、須恵器等多種多様な遺物が出土しています。

飽波神社

奈良県生駒郡安堵町

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東安堵・西安堵の総鎮守社で、素戔嗚尊が祀られています。平成7年にはおよそ100年の時を経て復興された「なもで踊り」の絵馬や祭具、楽器を所蔵しています。鳥居に掲げられた額は富本憲吉の筆によるものです。